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Bubbling Bow episode 005 「別れの波止場」

「向こうに着いたらすぐに連絡くれよな」

「ん…」

七海はそう頷き、僕の方を見て微笑んだ。

まだ日も昇っていない夜の波止場を僕たち二人は歩いていた。夜明けまではまだしばらくあるが、ここに何隻か止まっていた漁船は既に出た後で、歩いているのは僕たち二人だけだった。

この波止場には照明がなかったが、月明かりと慣れて来た目のおかげで、はく息の白さもちゃんと見えていた。

そして、七海の寂しそうな横顔も僕には見えていた。

「浩ちゃん、…色々とありがとね」

「何言ってんだよ、あらたまって。半年したらまた戻って来るんだろ?。半年なんてあっと言う間じゃないか。ほら、元気出してっ」

僕はそう言って七海の肩をポンと叩いた。

七海は半年前、僕が働いているライブハウスにやって来た。ライブを聴きに来た訳ではなく、人を捜しているという事だった。その人が音楽好きだったとかで、たまたまウチの店に訪れたのだ。

僕はライブハウスで下働きをしながら、お店の空いた時間でスタジオを貸してもらい、ベースギターの練習をしていた。曲がりなりにも一応プロを目指している。

毎日準備のために僕は早い時間から店に入る。そして七海も探している人がいつ来てもいいようにと、毎日一番にお店に来て張り込む様になった。

そうして僕たちは仲良くなった。
ライブが終わってからも、僕のベースの練習を七海は飽きもせず楽しそうに聴いていた。

「この店以外でその人が来る可能性のあるところはないのか?」

あまりにのんびりとした七海の人探しに、僕は一度そう聞いた事があった。

「ほんとの事言うとね、あまり見つけたくないの。その人も本当にいるのかどうかも怪しいし。それに私は、浩ちゃんたちと、ここでこうしている方が楽しいもん。」
そう言って七海はころころと笑った。

そのいい加減な人探しに呆れながらも、僕は内心ほっとしていた。七海の探す人がどういう人かは解らなかったが、少なくともその人が見つからなければ、七海との今の生活がこれまで通り続くということなのだから。

そして一週間前のこと。
七海は実家から一度戻って来るように言われたようだ。
全く進展しない人探しに、七海の捜索態度自体を疑われているのは明らかたっだ。仕方なしに彼女は一度実家に戻る事になった。

一度戻ると、多分半年くらいはこちらに戻って来られないと七海は沈痛な表情で僕に泣きついて来た。

その七海を僕は何とかなだめて、実家行きを了承させた。僕には彼女の実家とは良い関係でありたいという下心もあったのだ。

了承はしたものの、彼女は相当元気が無くなっていた。特に二日前からはその落ち込み様はあまりに酷いものだった。昨日などは一日部屋に閉じこもりっきりだった。

ようやく七海の顔を見る事ができたのは、つい2時間くらい前のこと。憔悴しきった顔で出て来た彼女と、僕は今、この日の出前の波止場を歩いている。

何でも彼女の家のクルーザーがここに迎えに来るという事だった。

僕はその話を聞いて、僕が希望する七海との将来に、とても大きなハードルが出来たような気がした。

波止場を歩きながら、それでも僕たちは、この半年間の出来事を楽しく話すことができた。波止場の端に、七海が乗ると思われる船のような影が見えたその時までは。

その船影が、僕に別れを実感させた。

思わず僕は立ち止まった。

七海はそのまま四、五歩前に歩いて立ち止まった。

半年の辛抱、半年の辛抱。

僕は自分に言い聞かせた。

でも。

でも七海には今、言っておこうと思った。

「七海っ…」

七海は後ろ姿のまま聞いていた。

「戻って来たら…、戻って来たら、僕と結婚してくれないかっ!」

七海の後ろ姿がびくっとなった。

「浩ちゃん…」

声が涙声になっていた。

七海はゆっくりと僕の方に振り返った。


 

「…浩ちゃん…。なんで…浩ちゃんだったの?…」

七海は悲痛な顔をしていた。

僕は、彼女が右手に映画やドラマでよく見かけるものを持っているのに気がついた。

よく知っているもの。でも頭の引き出しからそれが何であるかが出て来ない。この状況につながらない。

「ごめんね…、ごめんね…」

絞り出すような彼女の声。

パンッ!

想像していたより安っぽい音が鳴り響いた。

僕は胸を思い切り叩かれた様な衝撃を受けた。

息が出来ない…急激に身体の力が抜けて行く…。

…なんだ、拳銃じゃないか…。

出て来た答えに納得しながら、僕は倒れていく。

コンクリートの固い感触はない。

口の中に塩辛い水が入って来る。

落ちたのか…。

海に…。

冬の海は寒くはなかった。

身体と心が海と同化して行く感覚。

ふと、波止場の上から七海が泣きじゃくりながら僕に何か叫んでいるのが見えた。

ばかだなぁ。何泣いてんだよ。

ちょっと眠るだけだから。

ちょっとだけ……。

 

Bubbling Bow  episode 005


 

 


更 新 履 歴
2009.11.28
リンクのページを更新しました。
2009.11.22
Bubbling Bow裏話のページを追加
2009.11.22
episode005「別れの波止場」をup
2009.11.16
episode004「漂着機械」をup
2009.07.19
リンクのページを追加
2009.07.14
episode003「クリスタルプリンセス」をup

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